真夏前線、異状なし
 


     


今日も一日結構な暑さで、町はハレーションを起こしそうなほどの炎天に炙られた。
そんな中、人の姿が暑さのせいだけじゃあなく活気ごと萎れていたはずのとある通りに、
他所からだろうボックスカーや軽トラックが何台も乗り付ける午後となり。
荒ぶる何かが起きての仰々しい動きじゃあないようで、
それは手際よくも資材を降ろすと車の方はさっさと離れてゆくので
道が通れなくなるといった不具合も起きず。
それよりも、どんどん設営されてゆくのがどう見ても、

 「夜店?」
 「縁日でもあるのかしら?」

でもでも、ここは神社やお寺も近所にはないよな通りだ。
商店街みたいに店が並んでいる通りも近いけれど、
数カ月ほど前からはシャッター通りとなってもいて、
昼間から人が寄り付かない、何とも侘しい区域になり果てており。
よって、今更お祭りめいた催しもなかろうにと、
たまたま通りすがった近隣の人らがキョトンとするものの、

 「ちょっとした予行演習みたいなことをね、やらせてもらうんですよ。」

仕切り役なのだろう、ようよう陽に焼けた精悍な顔立ちに強かそうな体つきの壮年の男性が、
此処の自治会の人を相手にそんな話を振っている。

 「地主の○○さんにはご説明させてもらってます。
  あと、最寄りの所轄署にも届けは出しておりますので
  出来るだけご迷惑は…、はい、お世話掛けます。」

カラフルなプリントがポップなチラシの束を手にしてなさり、
そこにはヨーヨー釣りやたこ焼き、リンゴあめなどなどの屋台が並ぶ
今宵限りの“夜店祭り”を急遽催しますとの文字が躍る。
同じチラシが近隣の国鉄の駅前でも配布され、
ネットの地域インフォメーション系の掲示板でも宣伝されており。

 「来週末の花火大会のための準備、練習みたいなもんですよ。」

いかにも使い込まれた幌や鉄板、調理器具を設置している出店もあれば、
昼間のイベント向きの、そりゃあ清潔そうな真新しいブースもあるようで。
それらがシャッターの降りた店々の居並ぶ通りの二条ほど隣り、
そちらもまた特に何てないよな道路沿いに向かい合うよに設置され、
にぎやかな出入りに惹きつけられたか、少しずつ野次馬も増えかかっていて。
子供連れの母親たちも、夕飯が済んだら寄ってみようかなんて口々に話しておいで。
そんなところへ、明るい藍の法被を羽織った若い女性が朗らかに駆け寄って、

 「調味料の詰め合わせや、ビール券おこめ券が当たる福引もありますよ?
  チラシの下の引換券をお持ちくださいね?」

どうぞお持ちをとチラシを配る。
何とも手際のいい、ついでに行儀も人あしらいも完璧な一同、
実は実は、フォレスト・プランニングコーポレイションでも特に成績のいい、
特別な“営業部”の精鋭たちだったそうな…。



     ◇◇


店屋の通りが寂れる前であれ、ここいらでこんな夜店が出るのは初めての運びだったそうで、
急な話であったことも相まって、客など来るのかと危ぶまれた催しだったが、
蓋を開ければまだ明るいうちから夕涼みがてらの客は結構訪れ。
きっちりと浴衣を着た女子高生たちらしきグループも見受けられて、宣伝効果は上々だった模様。
ようよう心得られたそれ、耳に障らぬレベルと曲想のBGMが掛かった通りは、
街灯がぽつぽつと灯り、空も薄い藍色に暮れなずむころには
随分な人出でわいわいとにぎわっていた。
福引の当たりが出てのことだろう、
時折乾いた鉦の音がして、わぁと場が盛り上がる声もする。
夜陰に灯された篝火へ羽虫が集まるように、
祭り提灯が並んで吊るされた通りこそ、ずんと華やいでいるけれど、
それ以外の通りや路地は逆に日頃以上に薄暗い。
駄菓子屋の表に接する道も、夜店祭りの賑わいに飲まれたように静まり返っており。

『先に言っとくけど、これだけは守れ。』

太宰さんや中也さんからの指示じゃなく、ボクが勝手に決めたことだけど、と。
薄暗がりの中にぼんやりと浮かぶ白銀の頭の主が言ったのは、

『相手を“羅生門”で殺すな。出来れば切り裂くな。銃もご法度だ。』
『そのような戯言は聞けぬ。』

探偵社の人間だからという正義感か?
だったらそんなもの僕には関与しない、
好きにやらせてもらうとそっぽを向きかかったのを引き留めて。

『此処は子供たちが集まる店だ。』

胸倉掴んで自分の方を向かせ、強い意志を込めた目で睨み据えるようにして言い放つ。

『血みどろになって匂いも消えぬようなところに子供らが集まるか?
 そんな事実は見えずとも、殺気や遺恨が植わったところにだけはしたくない。』

『…そんな甘いことを言っていては。』
『判ってるよ。
 虫のいいこと、夢みたいなことばっか並べてちゃあ
 叶うことも叶わないのが現実だってのは。』

巧妙に法の目をくぐって、
非道を成しても罰せられずにしゃあしゃあと得をしている要領のいい者も絶えない。
弱い者を守るための法や制度のはずが、
それを逆手にとって上手に立ち回る奴ばかりが肥え太る。
正道を叫ぶことすら、馬鹿じゃないかと嘲笑われるよな、
ようもここまでと呆れるくらい、ようよう腐った現世だけれど、

『…でも。』

頑張れば出来ることであるのなら実現させようとしたっていいじゃないか、と
挑むような目で言い放つ彼であり。

『  ……。////////』

ちょっとほど無言のままで向かい合っておれば、
やや照れが出て来たか、どんどんと赤くなり、表情が歪んで来たのが面白かったが、

『……わざとそんな顔してるだろ、芥川。』
『どんな顔だ。』
『教えない。//////////』

云ったところできっと信じないよと、恨めしそうに言う敦へ、
やれやれと息をつき、

『判った、善処しよう。』
『きっとだぞ?』

きっとやずっとなんてのは子供の戯言だというに、この虎はよく口にすると気がついた。
必ずとか絶対にとか、永遠にとか。
そんなものは現今の世にはそれこそ絶対にありえないと、
訳知り顔の大人なら一度は口にするところだのにと、失笑が漏れる。
他人へだけじゃあなく、そうと言ったからには自身へも課す律儀な男で、
それこそ きっと、それへ向けて全力、且つがむしゃらに駆けだす所存なのだろう。

 “…愚者が。”

そんなやり取りを思い出し、
やれやれと、だが、抑えきれぬ級の苦笑を浮かべた漆黒の覇者殿が、

「…。」

ふと気配を拾って顔を上げる。
人の関心まで賑わいの方へ向いているからだろう、
少し離れたところへ停まった車があり、
そこからこそこそ降り立った人影があったことも、誰の目にも留まってはないようで。

「何だ、あの夜店はよ。」
「ここいらって、もはや商店街もないよなもんだろうに。」
「まあいいじゃねぇか。
 あの賑やかさなら、多少ドタバタしたって気づかれねぇ。」

却って好都合だと言いたげな声は、自分たちの待つ方へと近づいてくる。
縁日の通りの目映さの反動のように、夜陰に塗り潰されたひっそりとした一角。
小さなモルタル壁の店屋がうずくまっていて、
そこを目指してきた輩たちは、

「邪魔するぜ。」
「つか、今日は最後通牒だ。」

ガラス格子には鍵もかってなく、すんなり開いたのを、逆に怪訝に思ったらしい。
何を用心してかやや声が小さいまま、それでも店の中へと入り込み、

「婆ァ、こないだ渡した譲渡宣誓書に署名したか?」

ずかずかと奥まで上がり込もうとした男らだったが、
店内の中ほどまでを入ったところ、不意に何かが腰回りに触れ、
そのままぎゅうと息が詰まりそうになるほども引き絞られて。

「な…っ。」

何だ何だと驚いたそのまま、
文字通り 力づくの強引に、そのまま引きずり出される彼らだったりし。

「ダメですよ、無人だからって勝手に上がり込んじゃあ。」

そんな声がして、店の前の中通りまで引き戻された輩たちが“え?”と辺りを見回せば、

 「ベニマルは無事に帰ってましたか?」

若い男の声がして、だが、その身はまだまだ解放されず。
店の建屋の角をぐりんと器用に巡って運ばれたのが、裏手に当たろう空き地の真ん中。
店の奥向き、住居側の裏ということか、
使い込まれてやや危ない脆さも窺える、
物干しの竿を渡すらしき柱がひょろりと一対立っている、
軽トラが2,3台ほど停められよう広さの場所で。
刈っても刈ってもこの時期はキリなく伸びるのだろう雑草が、
瑞々しい青臭さで敷き詰められていて、
そんな地べたへとすんと落とされ、やっとよく判らない束縛から離された3人組。
ベニマルと訊かれたことと伸びやかな声とに思い出すものがあったらしく、
辺りを見回し、

「戻ってたさ。」
「しかもまだ俺たちには唸って近寄らせねぇ。」

忌々しいと荒々しくがなった言いようへ、

「そりゃあいい子だ♪」

楽しそうに笑った声とともに、
傍らに伸びる中通りにあった街灯の下、
見覚えのあるシルエットがひょこりと出てくる。

「こんばんわ。」

腰で身を折り、上体だけ傾けて、
まるで子供向けのショーか何かで進行役のお兄さんが登場したかのような
いかにもな愛嬌付きなのが、この際は腹立たしい。
獰猛な土佐犬をそれは易々と口頭での命令だけで手なずけて、
連れて来た、いわば身内なはずの側の自分らを追わせた小憎らしい小童で。
まったく人通りのない小道をとてとてのんびりと横切って、空き地の方へと近づきつつ、

「たった一人のおばあさんに何人がかりですよ。」

そうと言ったのは、向かい合う3人以上の人の気配をちゃんと把握しての言だろう。
確かに、空き地の周縁にはこそりと伏せている気配があって、
しかも、ほんの数人という規模じゃあない。
自分たちが此処へとやって来たのとほぼ同時間くらいに
じわじわと集まりつつあったのから拾っており、

「うっせぇなっ、店ごと解体してやるつもりで来たんだよっ。」

やけくそのように最初の3人が吠えると同時、
控えていた辻や角、店の両脇や通り側などなどからと、
半円を描くような三方から進み出て来たのが、いかにもなゴロツキ連中で。
ざっと見回して30人ほどは居るだろか、
結構場慣れしていそうな、いい面構えの人もいるようで。
きっと組織の中では上の方の格の人なんだろなぁと算段しておれば、
そんな男らの後ろ、敦から見て正面の群れの真ん中あたり、
音もなく人垣が割れた奥に、
やや歳のいった人が、この蒸し暑い中スーツ姿で立っており。

「兄ちゃんか? ウチの丁稚どもをあしらってくれたのは。」

ワシらの商売の邪魔するたぁ良い度胸だと、鼻で笑って顎をしゃくれば、

 「…っ。」

手近にいた左右の数人ずつが、
一斉に地を蹴ってこちらへ向かって掴みかかって来たけれど。

「え?」

特に身構えもしないままで突っ立っていた少年の痩躯は、
あっという間に掻き消えて影もなく。
発揮した力が空ぶったそのまま、殺到した仲間内同士でぶつかりかかる。
踏み出さなかった側の一人が、

 「手前ら、上だ、上っ。」

間近に行かなかったからこそ追えた軌跡をそのまま伝えれば。
え?と見上げた面々の顔を目がけ、底の分厚い靴が持ち主込みで降って来て、
むぎゅッと踏みつけ、再び良い反射で飛びのいて。

 「がはっ。」

その踏み込みのついでに片方の踵をぐりんと故意に回したのだろう。
殺到していた若いの数人、
踏まれはしなかった顔ぶれも 顎やこめかみを蹴られたか、
あっさり地べたへ伸びており。
とんと着地した少年の背後で、それは見事に倒れ伏す。

「面白れぇことやってくれたな。」

芝居がかって脅すだけ無駄だと、
こちらの技量を察知したのが速かったのはそれでも大したもの。
次の陣と小出しにはせず、
頭目の護衛を残し、残りの有象無象が一斉に飛び出して来たのへ、

「おっと。」

微妙に間合いがズレたか、それでもぐんと膝を追って屈みこむと
重心を下げて踏ん張り、迎え撃つ構えをとる。
いかにもなか細い身で止められるものかと、
高を括った先頭が、だが、

 「うえ?」

がっしと手のひらで顔を掴まれて、その意外なほど力強い安定に目を剥いた。
ひょろりとした痩躯に変化はないが、
気のせいか…眼前から伸びている腕が逞しい太さに入れ替わっており。
そのまま腕を開いて数人まとめて受け留めて、

「そぉれっ!」

ぶんっと勢いよく振り上げられれば、
総量結構あったはずの成人ごろつき10人以上が、
ぽぉんと結構な高さの中空へと吹き飛ばされている。

 え?え?え? 何これ何これ、絶叫マシンか?
 マッポから逃げる途中で、鶴見川の橋の欄干から飛び降りたの思い出した
 ずっと大昔の出入りの時に、
 窓から飛び降りて、こんな感覚に見舞われたような…なんて

キャリア別の様々な体感に翻弄され、
一瞬その脳裏に走馬灯もどきが巡った次には、
どしんと大地へ叩きつけられており。

 「ってぇーっ。」
 「どんな馬鹿力だ、こいつっ。」

腰や背中をぶつけられ、うううと唸って立ち上がれないものも居たれども、

「こんの野郎っ!」

まだまだお元気、むしろ怒りに火が付いたらしいクチが、
起き上がったそのまま拳を突き出して向かって来るのへは、

「ほいっと。」

片足を振り上げたそのまま、軸足を基点に身を反転させて、
2,3人をまとめて絡げ取ると、勢いのままに蹴り飛ばして薙ぎ倒す。
向かってきた勢いも生かしたので、相当な重さの衝撃が食い込んでおり。

 「このお店もだけど、強引な地上げなんて諦めてくださいな。」

あっという間に半分以上を叩き伏せてしまった少年は、
特に肩で息をするでもない、至って平静の様子なままそうと言う。

 「あなた方へ依頼した人も、今夜中に諦めて手を引くと思います。
  なので、ここで暴れても無駄ですよ?」
 「な…。」

こっちの事情をどこまで知っているのやら、利いた風な口を利く少年なのへ、
逆に生かして放置はできないという悪心が高まったのだろう、

 「…。」
 「は…。」

ダークスーツの頭目が顎をしゃくったのへ、
側近らが懐から取り出したのは黒光りする拳銃で。
そんな用意まである組織とは思わなかったか、
ちょっと見くびってたかなぁとさすがに双眸を見開いた敦だったものの、

 「…羅生門。」

静かな声がするりと響き、夜風のようななめらかさで押し寄せた黒衣が、
銃を装備していた輩をあっという間に取り込んでしまう。

「な…。」
「何だ、これは。」

焦った誰かが発砲したらしかったが、身動きを封じられたか鋭い響きは1つだけ。
昼間のいでたちと違い、きっちりいつもの黒外套を着つけた芥川が、
その異能を操って、凶暴な凶器を手にした輩どもを易々と絡め捕っている。
血を流すなと言われたの、律儀に守ってのことらしかったが、

 「……もしかして全員気絶するほど締め上げてないか?」
 「然り。」

こ奴らは少しほど上級の手代らしいのだ、意識があっては銃撃を繰り出しかねぬだろうが。
外套のポケットへ両手を突っ込んだままといういつもの姿勢で、しらッと応じる黒衣の青年へ、

「…善処ってこれかぁ。」

どっちがきついのかなと、ついつい相手へ同情するよな言い方をした敦だったが、

 「貴様ら〜〜〜っ。」

いやにざらついた声がして、えっと顔を上げれば
最後の一人がその顔を憤怒に赤々と滾らせてこちらを睨みつけている。

 「ようも好き勝手してくれたな、ガキの分際で。」

信じられない現象が次々起こって、
もしかして恐慌状態に陥っていたのかもしれない。
弾倉部が収められたグリップのやたら長い、
それだけ連射可能なのだろう改造されたサブマシンガンもどきを懐から掴み出し、
勢いよく腕を伸ばして構えた先へ、

「…っ!」

敦がハッとして駆け出した。

「…人虎っ!」

店へと向けられていると察したそのまま、夜陰を切り裂く勢いで翔った白い影があり。
だが、そんな動きには気づかぬか、それとも知ったことかと容赦なくのことか
がががッと耳を弄する大きな響きが辺りへ轟く。
物騒な銃撃の音とともに、それも打ち合わせていた花火が上がり、
ぱぱーんという乾いた炸裂音が辺りをくるんだ。
いくらなんでも銃声が立て続けば住人も怖がろうと、
念のためにと夜店屋台の業者の皆様との間におまけで打ち合わせていたそれで。
それまではほぼ暗いばかりだった空き地も赤や橙の光に照らされ、
その中にうずくまる白いシャツ姿の少年がいる。
手代連中を締め上げていたことで羅生門の発動が出遅れたのを、チッと舌打ちする芥川で。
多少は追いすがれたものか、倒れ伏した身の下に布状のままの黒獣が下敷きにはなっていて、
間に合った分だけは楯のようになって彼の身の一部を覆えはしたようだったが、

 “それでも何発か当てられたか。”

すぐさま起き上がらないのがその証拠だろうと、
はらわたが煮えくり返りそうな怒りとともに、無謀な乱射をした頭目を見据えたその眼前、
ふらりと立ち上がった影があり、

 「銃で撃たれたことある?」

打ち沈みかかった声は、だが、
根っこに芯が張っているよな力強さも兼ね備えており。

「そ、そんなもん無いわっ。」

何をそんなにと呆れるほど、力んで言い返した初老の頭目へ、
ゆらりと立ち上がったそのまま、
撃たれた箇所だろう、脾腹を押さえた少年は、

「どれほど痛いかも知らないで、振り回していいおもちゃじゃないんだよっ!」

ずかずかと歩み寄り、その手から有無をも言わさず掴み取った拳銃、

「ぎゃあっ!」

容赦ない奪いようだったせいか手首が妙な形に曲がったが
そんなことは知らぬと看過して。
銃身を持ったそのままグリップのところを振り下ろす格好でガツンと相手の頭を殴れば、

 「うがっ。」

どれほど痛い想いをしないままその地位へ上り詰めた手合いだったか、
それとも手加減が出来ないまま、虎の力で殴ってしまった敦だったか、
紙細工の人形がぱたりと倒れるように。
それはあっさりと人事不省になった頭目さんだったりし。
そんな駄々っ子みたいだった大人を見下ろし、呆然としてか立ち尽くす連れにゆっくり歩み寄って、

「人虎、」

これだけは注意しないとと芥川が構えたのは、

「今のは撃ち尽くさていたらしかったからよかったが、
 弾丸が装填されているやもしれぬ銃で殴ってはならぬ、暴発する。」
「あ。」

そうだね御免と言いかかり、そのままふらりと白い痩躯が頽れ落ちかかる。
やっと片付いたとあって気が緩み、
怪我の痛さや失血に立ってられなくなったのだろう。
それへ、今度こそ間に合った黒獣がふわりとくるんで受け止めてやり、

「…お前が流血してどうするか。」
「そうだね、ごめん。」

あれほど居丈高に注意したくせにと、黒衣の兄人に睨まれて。
そっちは怖くはなかったが、
どうしようか、これじゃあ結局 血の匂いがと、あくまでもそれを気に病む彼へ、

「…案ずるな。」

やっと静まった夜陰に放たれた、ぼそりとした声が掛けられて。
え?と、改めて黒獣ごと抱えられた腕の中から、
色白端正なお顔を見上げれば、

「黒獣は何でも食らう。
 くるみ込んだそのまま、貴様の流した血もまとめて食らっている。」
「おおう。」

 それってそのまま外套に染みちゃうの?
 そうだ。
 わあごめん、と。

いきなりどこかの三文笑劇のようなやり取りになっておれば、

「そこにいるのは、昼に来た兄ちゃん達かい?」

覚えのある女性の声がして、ますますのこと敦があわあわと手足をばたつかせるから、

 “平時の方が応用が利かぬ機転もどうかと…。”

まったくだよと、
太宰さん辺りから軽くお説教を食いそうでもある弟分を見降ろして、

「落ち着け。その傷を何とかしろ。」
「あ。そうだった。」

こういう時の超再生、頑張って発揮して結構深かった幾つかの銃創を消し。
出店のお手伝いをと請われていた向こうの通りから、
妙な気配に戻って来たらしいこちらの女将へ、
何でもないんですよ、と、言い訳に尽力する若いの二人(主に敦くん)だったそうでございます。




 to be continued. (17.07.29.〜)





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  *シャツに染みた血は、肝試しの扮装用の血のりだと誤魔化し、
   倒れ伏すゴロツキたちは一旦羅生門に食わせて、(おいおい)
   何も起きてませんよと…頑張った二人に、どうかねぎらいの拍手をvv